高見順(1907年〜1965年)という文学者の歩みは、日本の激動の近現代史そのものでした。福井県坂井郡三国町(現・坂井市)に生まれた彼は、福井県知事などを歴任した名門・阪本釤之助の非嫡出子(私生児)として育ち、幼少期から出自に対する激しい劣等感と葛藤を抱えていました。
東京帝国大学(現・東京大学)文学部美学科に進学した彼は、社会の不条理を正そうとプロレタリア文学運動に身を投じます。しかし1933年、治安維持法違反の容疑で特高警察に検挙・投獄され、過酷な取り調べの末に運動からの離脱を誓約する「転向」を余儀なくされました。
自らの信条を裏切ったという深い自己嫌悪と罪悪感に苛まれながらも、彼はその苦悶を創作のエネルギーへと転化させます。第1回芥川賞候補となった『故旧忘れ得べき』や、戦前の浅草の風俗と庶民の哀歓を活写した傑作『如何なる星の下に』を世に送り出し、昭和を代表する流行作家へと駆け上がりました。戦後は日本近代文学館の設立に奔走するなど、文化の継承にも尽力しています。
若き日の挫折、社会からの弾圧、自己への不信感、そして晩年の病魔——幾度となく打ちのめされながらもペンを捨てず、人間の弱さと尊厳を描き続けた高見順の生涯そのものが、踏みつけられても立ち上がる「草」の姿と重なり合います。