神田明神への参拝を検討する際、ネット上で囁かれる「ある噂」によって不安を覚える参拝者が後を絶ちません。それは「平将門公を祀る神田明神と、成田山新勝寺(千葉県成田市)を同じ時期にお参りしてはいけない」というタブー伝説です。
この噂の真偽について歴史的事実を検証すると、天慶3年(940年)、平将門の乱が勃発した際、朱雀天皇の命を受けた寛朝大僧正が将門公の調伏(戦勝祈願による討伐)を祈祷するために不動明王像を東国へ運んだのが、成田山新勝寺の開山起源とされています。すなわち、将門公から見れば成田山新勝寺は自らを討ち取った宿敵の祈祷所にあたるわけです。
このため、江戸時代から将門公を信奉する氏子の間では「成田山へ参詣すると将門公の加護が受けられなくなる」「祟りが起きる」という言い伝えが頑として守られてきました。現代の神社神道側が公式に「参拝を禁ずる」とお触れを出しているわけではありませんが、将門公の御神徳・勝運を純粋に祈念したいのであれば、同日中の掛け持ち参拝は避け、日を改めて敬意を払うのが礼儀とされています。
また、「大手町の将門塚(首塚)」は神田明神の境内ではなく、直線距離で約2キロ離れたオフィス街の真ん中に位置する史跡です。神田明神に参拝する際、合わせて将門塚にも立ち寄り手を合わせるビジネスマンが多いですが、首塚は非常に神聖かつ厳粛な場所です。写真撮影や軽率な行動は慎み、畏敬の念を持って参拝することが鉄則です。