超大型犬の話題において、ネット上で頻繁に語られるのがチベタンマスティフに関する「数億円で取引された」という噂です。この情報の真偽と、2020年代半ばを迎えた現在の実情には明確な落差が存在します。
2010年代初頭の中国において、富裕層の間でチベタンマスティフを所有することが最高のステータスシンボルとされ、投機目的の異常なブームが巻き起こりました。2014年には「1頭約2億円(1,200万人民元)」で落札されたと大々的に報じられ、世界的なニュースとなりました。
しかし、ジャーナリストや現地関係者の追跡取材により、この超高額取引の多くはブリーダー同士による架空取引や価格吊り上げ(サクラ行為)であった実態が明らかになっています。ブームの過熱に伴い、無計画な乱繁殖や他犬種との交雑が横行し、毛並みを良く見せるためのシリコン注入など悪質な不正も横行しました。
バブル崩壊後は需要が急激に冷え込み、現地チベットや中国青海省などでは飼育放棄されたチベタンマスティフが野犬化して群れを作り、生態系や住民を脅かす深刻な社会問題へと発展しました。現在、日本国内や欧米の正規ブリーダーから迎える場合の生体価格は30万〜80万円程度と、一般的な希少大型犬の相場に落ち着いています。派手な伝説の裏にある実態は、人間の投機熱に翻弄された過酷な歴史そのものです。