ネット上の言説やSNSの投稿において、時に「夏目雅子は『瀬戸内少年野球団』の撮影中、すでに白血病の兆候があり、病魔と闘いながら撮影していたのではないか」という憶測や誤解が語られることがあります。しかし、当時の記録や関係者の詳細な証言を照合すると、これは明らかな事実誤認です。
時系列を正確に整理すると、映画の撮影が行われたのは1983年の夏から秋にかけてであり、劇場公開されたのは1984年6月23日でした。この撮影期間中、夏目雅子は極めて健康体であり、淡路島の炎天下を自転車で激走し、子どもたちと全力疾走する過酷な撮影スケジュールを一切の体調不良なく完走しています。
彼女に異変が起きたのは、映画公開から半年以上が経過した1985年2月、舞台『愚かな女』(京都・南座)の公演中でした。激しい頭痛と発熱を訴えて緊急入院し、そこで下された診断が「急性骨髄性白血病」だったのです。懸命な闘病生活の末、同年9月11日、抗がん剤治療による副作用に伴う肺炎のため、27歳という短すぎる生涯を閉じました。
つまり、『瀬戸内少年野球団』は「病をおして撮られた悲劇の作品」ではなく、「女優・夏目雅子が心身ともに最も充実し、生命のエネルギーを極限まで謳歌していた瞬間に残された作品」というのが真相です。だからこそ、この映画を観る者は悲愴感ではなく、生きることへの圧倒的な肯定感と眩しさに胸を打たれるのです。