19世紀に入ると、この「白・青・赤」は単なる一国のデザインを超え、広大な政治的ムーブメントへと発展する。「汎スラヴ主義(Pan-Slavism)」の台頭だ。
当時、オスマン帝国やオーストリア=ハンガリー帝国の支配下にあったスラブ系諸民族は、自由と独立を求めて連帯した。1848年にプラハで開催された第1回スラヴ会議において、ロシアの国旗に使われていた白・青・赤が「スラヴ共通のカラー」として正式に採択された。自由を象徴する白、誠実さを表す青、勇気と犠牲を意味する赤。この色彩体系は、スラヴの絆を繋ぐ強力なシンボルとして東欧各地に瞬く間に広がっていった。