櫻岡大神宮の起源は、江戸時代初期の元和7年(1621年)にまで遡ります。仙台藩初代藩主である伊達政宗公が、城下の繁栄と領民の安寧、そして武運長久を強く祈願し、伊勢神宮両宮(内宮・外宮)の御分霊を宮城郡荒浜の地に勧請したことが始まりと伝えられています。
その後、仙台城(青葉城)の防衛や都市計画の進展に伴い、川内元支倉の地(現在の宮城県美術館周辺)を経て、明治5年(1872年)に現在の西公園(旧・桜ケ岡公園)の地に遷座されました。政宗公は仙台城下の都市設計において、風水や神道思想に基づいた神社仏閣の配置を極めて重視しており、櫻岡大神宮もまた城下町の西の守護として重要な霊的防衛線を担っていました。
仙台市史編纂室の記録や社伝によると、歴代の仙台藩主も社殿の造営や修復に力を注ぎ、藩を挙げた崇敬を集めてきました。明治以降は郷社から県社へと列格し、今日に至るまで「杜の都の心の拠り所」として市民に深く愛され続けています。