全国各地に鎮座する「浅間神社」と、ここ「富士山本宮浅間大社」には明確な格の違いが存在します。浅間神社 総本宮 違いを理解する鍵は、その起源と朝廷・武将たちによる崇敬の歴史にあります。
社伝によると、富士山の噴火を鎮めるため、第11代垂仁天皇の時代に山足の地に祀られたのが始まりとされています。その後、806年(大同元年)に坂上田村麻呂が平城天皇の勅命を受け、現在の富士宮の地に壮大な社殿を造営・遷座したのが富士山本宮浅間大社 歴史 経緯の根幹です。
特筆すべきは、関ヶ原の戦いに勝利した徳川家康による手厚い庇護です。家康公は本戦の勝利への感謝として、本殿・拝殿・楼門など30棟以上に及ぶ社殿を寄進しました。現在残る本殿は「浅間造(せんげんづくり)」と呼ばれる二層の楼閣建築で、国の重要文化財に指定されています。他地域の浅間神社が地域信仰や分祀であるのに対し、本宮は文字通り「富士信仰の発祥の源泉」として、国家的な祈願を一手に引き受けてきた歴史的重みを持っています。