2026年7月末、岩田氏が四半世紀余り勤め上げたNHKを退局したというニュースは、永田町およびメディア業界に凄まじい激震を走らせました。当時、解説委員室の解説委員として絶大な影響力を持っていた彼女が、なぜ安定した公共放送のキャリアを手放したのか。そこには複数の決定打が存在していました。
最大の契機となったのは、2026年7月8日に発生した安倍晋三元首相の銃撃暗殺事件です。2000年代初頭の官房副長官時代から20年以上にわたり「番記者」として誰よりも深く食い込んできた取材対象の喪失は、彼女のジャーナリスト人生の根底を揺るがす出来事でした。関係者の証言によると、事件直後は筆舌に尽くしがたい精神的衝撃に見舞われながらも、追悼番組や特番で冷静にマイクを握り続けたといいます。しかし、その大仕事を終えた時、政治記者としてのひとつの歴史的使命の区切りを強く自覚したと伝えられています。
組織内における立ち位置の変化も見逃せません。NHK内部では年功序列や管理職ポストへの登用が進む中、岩田氏は一貫して「現場での取材・発信」に執着し続けました。さらに公共放送特有の厳しいコンプライアンスや発言の自制ルールに対し、もっと直接的に、タブーなき言葉で国内外の情勢を伝えたいという強い思いが芽生えていました。自著の執筆や民放への越境発信など、組織に縛られていては実現できない言論活動の自由を勝ち取るための前向きな決断だったといえます。