長年親しまれた「リッツの沢口靖子」が突如として「ルヴァンの沢口靖子」へと切り替わった2016年、世間には大きな衝撃が走りました。一部では「広告契約のトラブルか」「タレントの降板劇か」といった憶測も飛び交いましたが、その真相は製菓業界における世界規模の契約問題にありました。
公式発表資料および当時の経済報道によると、旧ヤマザキ・ナビスコは1970年に山崎製パン、ニチメン(現・双日)、そして米ナビスコ社(現・モンデリーズ・インターナショナル)の合弁会社として設立されました。約46年間にわたり、同社は日本国内の自社工場(静岡県富士宮市)で日本人の味覚に合わせた独自の製造技術を磨き上げ、リッツやオレオを大ヒット商品へと育て上げました。
しかし、ブランドを所有する米モンデリーズ社がグローバル戦略の一環として契約の更新を行わず、自社直営での日本展開を決定。これにより、2016年8月31日をもってライセンス契約が満了を迎えることとなったのです。社名は「ヤマザキビスケット株式会社(YBC)」へと変更を余儀なくされ、長年製造してきた看板商品の商標「リッツ」を失うという、企業にとっての存亡の機に直面しました。
この危機的状況において、ヤマザキビスケット側が満を持して自社開発した新ブランドが、フランス語で「発酵種」を意味する「ルヴァン(Levain)」でした。そして、46年の歴史を背負う新ブランドの命運を託されたのが、28年間にわたりブランドの顔を務めてきた沢口靖子さんだったのです。業界関係者の間では、ライセンス終了とともにタレント契約も解消されるのが通例とされる中、沢口さんが迷わず新会社のオファーを受け「ルヴァン」のCMにそのままスライド登板した事実は、企業とタレントの強固な信頼関係を示す異例の美談として語り継がれています。