1980年代後半から90年代にかけて日本を覆ったバブル経済のただ中で、甘糟りり子は都会の最先端を駆け抜ける若者たちの生態を克明に記録した。西麻布や六本木のバー、高級外車、ブランド品に彩られた華やかな群像劇。しかし、彼女の視線の底には、狂騒の先にある空虚や哀愁が常に冷徹に宿っていた。
その洞察が見事に結実したのが、幻冬舎などから世に出された小説の数々だ。なかでも『盆に返らず』に描かれた、戻ることのできない若き日の輝きと、歳月が容赦なく奪っていくものへの哀惜は、多くの読者に鮮烈な痛恨をもたらした。失われてしまった時代を振り返るとき、彼女の文章は甘美なノスタルジーに逃げ込まない。
「あの時代の熱気は本物だったし、誰もが何者かになれると信じていた。でも、永遠に続くお祭りなんてないんです。散らかったフロアに残されたときの寂しさを知っているからこそ、私は人間の弱さや身勝手さを愛おしく思うのかもしれません」。彼女の小説が放つ独特の苦味と色気は、華やかさと哀愁の両極を知り尽くした者だけが醸し出せる特権的な果実だ。