浜崎あゆみ 結婚歴を振り返る際、一般に認知されている婚姻関係は2度存在します。しかし、日本の法規上と海外法規上の取り扱いには明確な差異が存在し、これが世間の誤解を生む一因となってきました。歴代の夫たちとの出会い、そして破局に至ったあゆ 離婚理由を整理します。
1人目の夫:オーストリア人俳優 マニュエル・シュワルツ(2011年〜2012年)
2011年元日、ファンクラブサイトで電撃発表されたのが、自身の楽曲『Virgin Road』のミュージックビデオで共演したオーストリア人モデル兼俳優のマニュエル・シュワルツとの結婚でした。米ネバダ州ラスベガスで挙式を行いましたが、わずか約1年後の2012年1月に破局を迎えます。
離婚の決定的な要因となったのは、2011年3月に発生した東日本大震災でした。当初は米国ロサンゼルスでの同居を前提としていたものの、未曾有の国難に直面した浜崎あゆみは「日本を離れたくない」「今こそ日本にとどまり歌い続けるべきだ」という強い意志を固めました。一方で米国での生活を求めたマニュエル氏との間に決定的な生活拠点のズレが生じたこと、さらに彼が独断でヌード写真集の出版を企図したことなどが信頼関係を決定的に破壊したと伝えられています。
なお、ネバダ州では法的な手続きを完了していたものの、日本の役所へ婚姻届を提出していなかったため、日本の戸籍法上は一度も婚姻関係が成立していませんでした。
2人目の夫:米国人 UCLA医学生(2013年〜2016年)
続いて2013年12月に婚約を発表し、2014年3月に正式入籍したのが、当時カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の医学部に在籍していた10歳年下の浜崎あゆみ アメリカ人 医学生でした。この際は日本の役所にも婚姻届が正式に受理され、戸籍上も明確な結婚となりました。
しかし、この結婚も約3年後の2016年9月に終焉を迎えます。離婚理由の根底にあったのは、日常のライフスタイルと価値観の根本的な隔たりでした。世界中を飛び回り莫大な経済力を持つトップスターとしての生活と、勉学に励む医学生の日常はあまりに乖離していました。現地ロサンゼルスでのパパラッチ被害や、夫の家族を含めた生活費負担を巡る摩擦が報じられる中、「歌姫・浜崎あゆみ」としての活動拠点を再び東京へ完全回帰させる決断を下したことが破局の引き金となりました。