現役引退後、寺尾は年寄・錣山を襲名し、2004年に井筒部屋から独立して「錣山部屋」を創設しました。指導者としての錣山親方の最大の特徴は、「礼儀作法への厳格さ」と「弟子に対する無償の愛」の同居にありました。
その育成手腕が最も色濃く現れたのが、関脇・阿炎(あび)との師弟関係です。阿炎は師匠譲りの強烈な喉輪と突っ張りを武器に頭角を現しましたが、2020年、協会の新型コロナウイルス対応ガイドライン違反により出場停止処分を受け、引退危機に立たされました。その際、錣山親方は世間からの厳しい批判を一手に引き受け、愛弟子に対して「次はないぞ」と涙ながらに猛省を促し、部屋で一から鍛え直しました。
謹慎期間中、親方は阿炎に掃除や裏方の雑務を課し、人間としての基盤を徹底的に再教育しました。処分が明けた阿炎は見違えるような集中力で土俵に復帰し、2022年11月場所で幕内最高優勝を達成。賜杯を抱いた阿炎は、病床にあった師匠への感謝を語り涙を流しました。「親方がいなければ今の自分はいない」という言葉は、錣山親方の指導が単なる技術伝達にとどまらず、弟子の魂を救済する人間教育であったことを証明しています。