本作の難易度が今なお語り草となっている背景には、人間の生理的限界を突いた徹底的なゲームデザインがあります。一般的なアクションゲームでは、敵の攻撃を見てからボタンを押す反射行動が通用しますが、世界ビデオボクシング協会(WVBA)の頂点に立つボクサーたち、とりわけラスボスのマイク・タイソン戦においてそのアプローチは通用しません。
生体工学的な研究やプロゲーマーの解析によれば、人間の視覚刺激に対する平均的な単純反応時間は約0.2秒(ファミコンの描画速度換算で約12フレーム)とされています。しかし、タイソンが第1ラウンド序盤に繰り出すダイナマイト・アッパーの発生速度はわずか8〜10フレーム前後。つまり、画面上で拳が振り上がったのを視認してからボタンを押したのでは、物理的に回避が間に合わない構造になっています。
開発陣が求めたのは「超人的な反射神経」ではなく、「精緻な行動パターンの記憶とリズムの一致」でした。相手の目線の揺らぎ、肩の微妙なピクつき、ガード位置の変化といった微細なシグナルを脳内で検知し、次の挙動を予測して先回りして回避動作を入力する。ボクシンググローブを交えた肉弾戦に見せかけた、実質的には極めて純度の高い「リズム・パズル・アクション」だったことこそが、本作をファミコン史上最高峰の骨太ゲームたらしめている本質です。