安倍文殊院が他の古刹と一線を画す最大の理由は、「飛鳥の古代史」「鎌倉彫刻の粋」「平安陰陽道の神秘」という日本の精神史における3つの重要局面が同一の境内に奇跡的に集約されている点にあります。
寺伝および『日本書紀』などの記録によると、当寺は大化の改新直後の大化元年(645年)、安倍氏一族の繁栄を祈願して創建された「崇敬寺(安倍寺)」を起源とします。平安時代には陰陽師・安倍晴明がこの地で天体観測を行い、秘術の研鑽を積んだと伝えられており、現在も境内には晴明公が産湯を使ったとされる井戸や、天体観測を行った展望台(晴明堂)が遺されています。
単なる観光寺院にとどまらず、1300年以上にわたり絶えることなく人々の「知恵」と「厄災回避」への祈りを受け止めてきた霊場としての格式が、訪れる者に静謐な緊張感と深い安らぎを同時に与えています。