本作の深層を語る上で欠かせないのが、松田聖子『風立ちぬ』の歌詞の意味です。冒頭の「風立ちぬ 今は秋 今日からひとり」というフレーズは、昭和文学の文豪・堀辰雄の小説『風立ちぬ』、ひいてはフランスの詩人ポール・ヴァレリーの詩『海辺の墓地』の一節(「Le vent se lève, il faut tenter de vivre=風立ちぬ、いざ生きめやも」)を巧みにオマージュしています。
当時の一般的なアイドル歌謡における失恋ソングといえば、男性に未練を残し、涙に暮れてすがりつく受動的な女性像が定番でした。しかし、松本隆が紡ぎ出した世界観は根本から異なっていました。「さよならを言ったのは あなたの気まぐれ」「草の葉に くちづけて 忘れていいのよ」と、別れの痛みを全身で引き受けながらも、決して相手を責めず、自らの足で歩き出そうとする少女の心の機微を描き切っています。
これは、当時の若い女性たちが直面していた自立の息吹を鮮明に捉えたものでした。単なる感傷にとどまらず、秋風という自然の移ろいを通して自己の内面を見つめ直し、大人へと脱皮していく精神的イニシエーション(通過儀礼)の物語として昇華されているのです。