『渡る世間は鬼ばかり』を巡っては、30年という長大さゆえに、ネット上で事実とは異なる誤解や都市伝説が定着している側面があります。代表的な盲点と誤解を是正します。
誤解①:「タイトル通り、世間は悪人(鬼)ばかりであるという絶望を描いたドラマである」
これは最も多い誤解の一つです。原作者の橋田壽賀子さんは幾度となく「本来の諺は『渡る世間に鬼はなし』。でも現実はそう甘くはないから『渡る世間は鬼ばかり』とした。しかし、私が描きたかったのは鬼の恐ろしさではなく、どんなに冷たい世間であっても、どこかに必ず手を差し伸べてくれる情け深い人がいるということ」と語っています。劇中で岡倉家を救うのは、血の繋がった親族だけでなく、料理人のタキさん(野村昭子)や、姉妹の友人たちといった「他人」でした。「血縁の重苦しさ」を「他者の優しさ」が救済するという構造こそが本質です。
誤解②:「五月はずっと幸楽で虐げられた被害者のまま終わった」
初期のシリーズでは悲劇のヒロインだった五月ですが、物語が進み、自身が姑の立場(眞の妻・貴子や、愛の夫・誠を迎える立場)になると、無自覚のうちに自分が嫌悪していた小島キミと同じような過干渉や小言を繰り返すようになります。「被害者がいつの間にか加害者のメンタリティをトレースしてしまう」という人間の業の深さを、橋田脚本は容赦なく描いていました。