大正時代は何年間続いた?わずか15年で終わった理由と西暦早見表

大正時代は何年間続いた?わずか15年で終わった理由と西暦早見表

大正時代は何年間続いた?わずか15年で終わった理由と西暦早見表についての疑問解決ガイドをお届けします。

なぜ大正時代はこれほど短かったのか。その歴史的理由は、政治的混乱でも制度変更でもなく、「大正天皇のご健康問題と47歳での崩御」に尽きます。

明治元年に制定された「一世一元の制」により、天皇が崩御しない限り元号が変わることはありません。そのため、大正時代の長さは大正天皇の在位期間そのものを意味していました。

幼少期からの宿患と公務による疲弊

宮内庁が編纂した『大正天皇実録』をはじめとする公的記録によると、大正天皇(嘉仁親王)は生後まもなく重い脳膜炎を患い、一時は生命すら危ぶまれる危機を乗り越えて成長されました。青年期には健康を回復され、皇太子時代には全国各地を行啓して市民と気さくに触れ合うなど快活な姿を見せられていた時期もあります。

しかし、1912年(明治45年)に32歳で即位した直後から、近代国家の最高権力者としての過重な公務、日露戦争後の複雑な政治対立、さらに第一次世界大戦の勃発といった巨大なストレスが心身を直撃します。即位からわずか数年で持病の脳病が再発・悪化し、歩行困難や発話障害、言語中枢の衰えが顕著になっていきました。

裕仁親王(昭和天皇)の摂政就任と葉山での最期

政治の表舞台で天皇自ら勅書を読み上げることすら困難となり、宮内省および政府首脳は1921年(大正10年)11月25日、当時20歳だった皇太子裕仁親王を「摂政(せっしょう)」に任命します。つまり、大正時代15年間のうち、後半の約5年間は大正天皇自身による統治がほぼ停止していたのが実情です。

晩年は神奈川県の葉山御用邸で静養を続けられましたが、1926年(大正15年)12月初旬に気管支肺炎を発症。心臓衰弱を併発して病状は急速に悪化し、同年12月25日午前1時25分、47歳の若さで崩御されました。この崩御の瞬間をもって大正時代は幕を閉じ、即座に「昭和」へと時代が引き継がれました。

池田 達也
著者

池田 達也

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。