「潜伏キリシタン」と「隠れキリシタン(学術的には平仮名で『かくれキリシタン』と表記されることが多い)」の決定的な違いは、「明治政府による禁教令解禁(1873年)の後にどのような選択をしたか」という信仰の分岐点にあります。
江戸幕府がキリスト教を厳しく禁止していた時代(1614年〜1873年)、処刑や拷問の恐怖に晒されながらも、表向きは仏教徒や神道の氏子を装って密かに信仰を守り抜いた信徒たち全般を、歴史学では「潜伏キリシタン」と定義します。彼らは正統なカトリック信仰を保持し、宣教師の再訪を心待ちにしていました。
明治時代に入り信仰の自由が認められた際、彼らの信仰形態は大きく二手に分かれました。宣教師の指導を受け入れて正統なカトリック教会に復帰した人々に対し、250年以上の潜伏期間中に土着の民俗信仰や仏教と混ざり合って独自に変化した祈りの形を、解禁後もそのまま継承し続けた人々が「かくれキリシタン」です。つまり、時代区分と信仰形態の双面において、両者は明確に区別されています。