この地を語る上で欠かせないのが、歴史上の文人や名君たちが残した数々のエピソードだ。平安時代末期の歌人・西行法師は、この地を訪れた際に「この滝は四季に一度ずつ来てみなければ、真の風趣は味わえない」と絶賛したと伝えられている。この言葉が由来となり、別名「四度の滝(よどのたき)」と呼ばれるようになったという説もあるほどだ。
また、水戸藩第2代藩主である徳川光圀(水戸黄門)もまた、この壮大な瀑布に心を奪われた一人だ。光圀公は現地を訪れた際、荒々しくも美しい水流の姿を歌に詠み、その美観を後世に伝えるきっかけを作った。茨城県大子町の深い山懐に抱かれたこの地は、数百年もの間、権力者から名もなき旅人に至るまで、あらゆる人々の魂を揺さぶり続けてきた歴史の舞台でもある。