紗代さんが異変に見舞われたのは、生後わずか7カ月から8カ月頃のことでした。突然の体調不良から病院へ緊急搬送され、下された診断は「小児脳梗塞(乳児期脳梗塞)」という極めて稀な病名でした。一命は取り留めたものの、後遺症として左手足の運動機能に麻痺(左半身麻痺)が残ることとなりました。
当時の状況について、菊池桃子は自著や特別番組の独白インタビューで次のように振り返っています。
「なぜこの子がこんな試練を背負わなければならないのかと、自分を責め続け、泣き明かす日々でした。しかし、娘が小さな体で一生懸命リハビリに励む姿を見て、私が立ち止まっていては前に進めないと覚悟を決めたのです」
当初、障害の事実はごく限られた親族や医療関係者にのみ共有されていましたが、紗代さんが小学校高学年から中学生へと進む2012年、菊池桃子は娘の障害を公表しました。その理由は、憶測や誤解から娘を守るためであると同時に、「同じ境遇にある子どもたちやその家族が、引け目を感じずに生きられる社会を作りたい」という強い社会的使命感からでした。