2000年代半ば、ホスト引退とともに芸能界へ進出した城咲仁は、端正なルックスと軽妙なホストトークを武器に、年間数百本ものバラエティ番組に出演していました。しかし、2010年代に入るとその露出は急速に落ち着いていきます。
この変化の背景には、当時の芸能界における過酷な「キャラ消費」と、彼自身の冷静なセルフブランディングの転換がありました。本人が過去のインタビューや手記で振り返っている通り、当時は「元ホストのプレイボーイキャラ」という一過性のレッテルで消費され続け、トークのオチや立ち回りに限界を感じていたといいます。
「このままテレビのひな壇で消費され続けるだけでは、10年後、20年後に生き残れない」――そう痛感した彼は、あえてテレビ出演のオファーを絞り込み、実力を磨く充電期間を設けました。料理の専門学校に通い直し、資格取得に没頭し、ゼロから商品開発のノウハウを学んだのです。つまり、テレビから「消えた」のではなく、自らの意志で消耗戦から抜け出し、永続的な価値を生み出すビジネスへとシフトしたというのが事実に即した見立てです。