かつて大盛況を誇った新潟ロシア村は一体なぜ閉鎖し、悲劇的な結末を迎えたのでしょうか。最大の閉鎖理由は、パーク単体の経営不振にとどまらず、メインバンクであった新潟中央銀行の破綻と過剰融資にあります。
新潟ロシア村は、新潟中央銀行の頭取主導で進められた三大融資プロジェクト(通称:ゴールデン・トライアングル構想=新潟ロシア村、柏崎トルコ文化村、富士ガリバー王国)の中核を担っていました。しかし、回収見込みの薄い放漫融資が積み重なった結果、金融当局からの厳しい査定を受け、1999年(平成11年)に新潟中央銀行は実質破綻に追い込まれます。
金融整理管財人の管理下に入ったことで、新潟ロシア村への追加融資や支援は完全にストップ。自力再建を模索したものの巨額の維持管理費を賄うことは不可能となり、2003年(平成15年)11月に無期限休園へ突入、翌2004年(平成16年)に正式閉鎖となりました。バブルの幻影にすがった無理な開発と、地方銀行の乱脈融資が生み出した構造的破綻の典型例といえます。