メジャーデビューを果たしたものの、当初から華々しいセールスを記録したわけではありませんでした。当時はモーニング娘。ブームが一巡し、AKB48が誕生する前夜という「女性アイドル冬の時代」。テクノポップという前衛的なアプローチは、一般的な音楽チャートでは異端視されていたのです。
メンバーは知名度向上のため、あらゆる現場へ足を運びました。商業施設「サンストリート亀戸」での観客数名の前でのイベント出演、秋葉原の歩行者天国での直筆チラシ配り、さらには冬の屋外でサンタクロースの着ぐるみを着て風船を配るキャンペーンなど、泥臭い営業活動を繰り返しました。
握手会で列が途切れ、目の前を通り過ぎる買い物客に頭を下げ続ける日々。事務所関係者からは「これが最後のチャンスかもしれない」「売れなければ広島へ帰る覚悟を」と契約終了を示唆されるプレッシャーの中で、彼女たちはステージの大小を問わず全力のパフォーマンスを磨き上げました。この過酷な下積みで培われた「観客に対する徹底的な感謝の姿勢」と「妥協のないライブ力」こそが、のちの大逆転劇を支える土台となったのです。