立教大学法学部という輝かしいキャリアを捨て、なぜ有田哲平は大学中退という大きなリスクを背負ったのか。その背景には、高校の同窓であり、すでに早稲田大学教育学部に進学していた相方・上田晋也からの運命的な誘いがありました。
上田は大学入学後、周囲との熱量のギャップに違和感を抱き、「お笑いの世界で勝負したい」と強く願うようになります。ある日、上田は有田を呼び出し、「俺と一緒にプロのお笑い芸人になろう」と熱烈に口説きました。このとき上田は、有田を本気にさせるために「俺はもう早稲田大学を中退してきた」と告げたのです。
その覚悟に心を動かされた有田は、自身も立教大学法学部を中退する決意を固めます。ところが後日談として、当時の上田は実際にはまだ籍を残しており、有田を退路のない状況へ引き込むための「ハッタリ」だったという逸話は、お笑いファンの間でも語り草となっています。
さらに決断を後押しした要因として、同時期に実家の父親が経営していた会社が倒産し、経済的な自立を迫られていたという家庭環境の変化も重なっていました。敷かれたエリート街道を降り、不透明な芸能界へと飛び込んだ背景には、盟友への絶対的な信頼と、自らの力で生き抜く覚悟が存在していました。