事件の幕開けは1977年1月4日の深夜でした。東京都港区の国鉄(現・JR)品川駅高輪口付近にあった公衆電話ボックス内で、当時16歳の男子高校生が電話台の上に置かれていた未開封のコカ・コーラボトルを発見します。アルバイトの仲間たちとともに宿舎へ持ち帰り、口をつけた瞬間「味が変だ」と吐き出したものの、直後に意識を失い病院へ緊急搬送。翌朝、青酸中毒により帰らぬ人となりました。
恐怖はこれにとどまりませんでした。同日午前、品川の現場から数百メートルしか離れていない歩道上で、自動販売機の上に置かれたコーラを飲んだ45歳の作業員男性が同様に急死。さらに翌日には、東京・神田の商店街でも自販機付近に毒入りコーラが置かれているのが見つかり、通行人が警察に届け出たことで間一髪被害を免れました。警視庁が回収したコーラを鑑定したところ、いずれからも致死量をはるかに超えるシアン化カリウム(青酸カリ)が検出されたのです。
さらに同年2月には大阪府でも同様の手口で毒入りコーラが置かれ、トラック運転手が死亡する事態に発展。東京と大阪という二大都市を舞台に、日常の風景に潜む「毒の罠」が無差別に市民を襲いました。