中原中也の代表作として今も国語の教科書や名詩選の筆頭を飾るのが、『汚れつちまつた悲しみに』です。この詩は単なる悲観主義や自己憐憫の表現ではありません。かつて純真無垢であった自分自身が、過酷な現実や世俗の妥協によって擦り切れ、変質してしまったことに対する、痛切な「魂の諦念」が歌われています。
「汚れつちまつた悲しみに/今日も小雪の降りかかる/汚れつちまつた悲しみに/今日も風さへ吹きすぎる」という独特の七五調の調べは、フランス象徴派詩人ランボーの詩法を日本語のリズムへと完璧に再構築したものです。この詩が生まれた背景には、泰子の喪失、東京での貧困と孤立、そして自らの純粋さを保ち得ない焦燥感がありました。
また、初期の代表作『サーカス』に登場する名フレーズ「幾時代かがありまして/茶色い戦争ありました/幾時代かがありまして/冬は疾風吹きました/ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」は、日本近代詩における最高峰の擬音・オノマトペとして称賛され続けています。空中ブランコで揺れる少年の孤独と、どこか冷酷に過ぎ去っていく歴史の無常観を「ゆあーん ゆよーん」という不可思議な響きに閉じ込めた手腕は、中也にしか成し得ない言語芸術の極致です。