『涙の太陽』の大成功以降、安西マリアさんは『愛のビーナス』『針のむしろ』などのシングルを立て続けにリリースし、映画『ルパン三世 念力珍作戦』(1974年)への出演など女優としても活躍の場を広げました。しかし、栄光の時間は長くは続きませんでした。
1978年、人気絶頂にあった安西さんは突如として芸能界から姿を消します。当時のワイドショーや週刊誌は「謎の失踪」「引退騒動」としてセンセーショナルに報じました。のちに本人の手記や回顧インタビューで明かされた真相は、昭和芸能界特有の過酷な労働環境と、事務所との金銭的・契約的トラブルによる深刻な精神的疲弊でした。
寝る暇もないスケジュール、プライベートを完全に監視される生活、そして正当な報酬が支払われない構造的な歪みの中で、彼女は自らの心身を守るためにハワイへと渡る決断を下します。現地で結婚し長男を出産、一度は完全に一般人としての生活を送る道を選びました。
その後、2000年代に入るとライブ活動を再開し、懐メロ特番やトーク番組に精力的に出演。往年のファンを歓喜させました。しかし2014年2月20日、都内の自宅で急性心筋梗塞を発症して倒れ、救急搬送されたものの意識が戻らないまま同年3月15日に死去(享年60)。あまりにも早い旅立ちは、多くの音楽関係者とファンに深い悲しみを与えました。