高輪ゲートウェイ駅が誕生した際、なぜあれほどまでに激しいバッシングが巻き起こったのか。当時の報道各社の取材記録やネット上の言説を振り返ると、批判が集中した背景には感情論だけではない、利用者が直感的に感じた「4つの強烈な違和感」が存在していました。
第1の決定打は、高輪ゲートウェイ駅と品川駅が近すぎるという物理的距離の問題です。両駅の距離はわずか約0.9km。電車に乗ればわずか2分足らず、大人の足でも徒歩10分程度で移動できる近距離に新駅を設ける必然性が、当時の一般利用者にはまったく理解されませんでした。「既存の品川駅を拡張すれば十分だったのではないか」「山手線の所要時間が無駄に延びるだけだ」という不満が噴出したのです。
第2の理由は、今なお語り継がれる駅名公募の批判と選定プロセスの不透明さです。JR東日本が実施した一般公募では、1位が「高輪」(8,398件)、2位が「芝浦」(4,265件)、3位が「芝浜」(3,997件)でした。これに対し、実際に採用された「高輪ゲートウェイ」はわずか36件で第130位。公募を行いながら下位の名称をトップダウンで採用した姿勢に「公募の意味がない」「カタカナ混じりでダサい」と猛反発が起き、命名撤回を求める署名活動に約5万人分が集まる異例の事態へ発展しました。
第3に、開業当時の高輪ゲートウェイ駅のゴーストタウン状態です。駅舎自体は世界的建築家・隈研吾氏のデザインによる大屋根や吹き抜けが美しく評価されたものの、一歩改札を出ると周囲は広大な工事フェンスに囲まれた更地でした。コンビニエンスストアや無人決済店舗がぽつんとあるだけで、生活圏としての機能が皆無だったため、「駅だけ作って中身が何もない」と嘲笑の的になったのです。
第4に、交通結節点としての不便さ、とりわけ高輪ゲートウェイ駅と泉岳寺駅の乗り換え動線の悪さが挙げられます。都営浅草線・京急本線が乗り入れる泉岳寺駅との接続が期待されながら、開業当初は仮設通路やアップダウンの多い地上ルートを数百メートル歩く必要があり、スムーズな乗り換えとは程遠い状態でした。これらの要素が重なり合った結果、「高輪ゲートウェイ不要論」という強固なネガティブイメージが世間に定着することとなりました。