結論から言えば、「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」という句を織田信長本人が詠んだという同時代史料は一切存在しません。信長が生きた戦国・安土桃山時代から200年以上も経った江戸時代後期に生まれた創作です。
この句が文献として明確に確認できる代表的な史料が、肥前国平戸藩の第9代藩主・松浦静山(まつら せいざん)が著した随筆『甲子夜話(かっしやわ)』です。同書には、ある夜の雑談の中で「信長、秀吉、家康の気質をホトトギスに例えた戯れ唄がある」として紹介されています。
さらに遡ると、江戸中期の川柳集や民間の狂歌集などにも類似の句が散見されます。つまり、これは五・七・五の形式で詠まれた俳句ではなく「川柳・狂歌」の類であり、江戸の庶民や文人たちが三英傑のキャラクターを面白おかしく風刺・類型化するために生み出したフレーズでした。