一部の週刊誌やネット掲示板では「遺書が発見された」「精神的に追い詰められていた」といったセンセーショナルな言説が流布された。しかし、警察による自宅や所持品の徹底的な捜索において、遺書めいた文書やメモ書きの類は一切見つかっていない。株式会社双葉社をはじめとする関係各所も、自死を示す痕跡は存在しないと明確に否定している。
なぜ「遺書説」が独り歩きしてしまったのか。その引き金となったのは、事故直前に執筆されていた原稿内のダークな演出や、一部の抽象的な描写を過剰に深読みした読者の憶測だった。だが、日常的に臼井氏と接していた担当編集者たちは一様に「次のプロットや新しいギャグのアイデアを楽しそうに語っていた」と証言している。締め切りに追われるプレッシャーは抱えつつも、筆を折るような兆候はどこにも見当たらなかった。
登山前日も普段と変わらぬ様子で仕事の打ち合わせをこなし、週末のリフレッシュとして山へ向かった臼井氏。自ら命を絶つ動機も、メッセージを残す意図もなかった。遺書が存在しないという事実そのものが、この悲劇が予期せぬ突発的なアクシデントであったことを何よりも雄弁に物語っている。