なぜ初代ではない?坂上田村麻呂が最強の征夷大将軍と呼ばれた真相

なぜ初代ではない?坂上田村麻呂が最強の征夷大将軍と呼ばれた真相

なぜ初代ではない?坂上田村麻呂が最強の征夷大将軍と呼ばれた真相とは一体何なのか? 主要なファクトを簡潔に解説します。

多くの人が「初代征夷大将軍=坂上田村麻呂」と記憶していますが、歴史上の正式な記録において初代征夷大将軍に任命されたのは大友弟麻呂(おおとものおとまろ)です。延暦13年(794年)、桓武天皇から節刀(せっとう:出陣の証となる刀)を授かった大友弟麻呂が最初の征夷大将軍であり、このとき田村麻呂は軍監(副将軍格)として軍を支える立場でした。

では、なぜ坂上田村麻呂が初代と誤解されるほど有名になったのか。その理由は、残した軍事的実績の圧倒的な差にあります。大友弟麻呂が率いた遠征軍は一定の戦果を挙げたものの、決定打を欠いていました。その中で目覚ましい戦功を挙げ、作戦の中核を担ったのが若き田村麻呂だったのです。

その後、延暦16年(797年)に田村麻呂自身が第2代の征夷大将軍に任命され、延暦20年(801年)の大遠征で見事に蝦夷の本拠地を制圧しました。「実際に蝦夷征討を成功させ、国家の版図を広げた大将軍」としての印象があまりに強烈だったため、後世の記録や物語において初代の座と混同される事態が生じました。さらに後世の鎌倉幕府を開いた源頼朝をはじめ、武士たちが理想の武将像として田村麻呂を崇拝したことが、彼の存在を歴史上唯一無二のものへと押し上げました。

鈴木 陽菜
著者

鈴木 陽菜

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