『名探偵コナン』には黒ずくめの組織をはじめ数多くの凶悪犯が登場しますが、純粋な視覚的恐怖とサスペンスの緊迫感において、津川館長 怖い理由の右に出る存在は稀です。当時の視聴者が味わった戦慄の正体は、アニメーション演出における「日常の歪み」と「徹底した視線誘導」にありました。
物語の舞台となる米花図書館は、日中であれば子どもたちが安心して読書を楽しむ公共の憩いの場です。しかし、一度閉館し照明が落とされると、巨大な書架が迷路のような死角を作り出す巨大な監禁空間へと変貌します。演出陣はこの陰影を極限まで強調し、少年探偵団が探索する足元を照らすわずかな懐中電灯の光と、深い闇のコントラストを執拗に描き出しました。
なかでも語り草となっているのが、暗闇の物陰からヌッと顔を覗かせる津川館長のビジュアルです。通常の作画崩壊とは一線を画す、デフォルメされた血管の浮き出る不気味なシワ、剥き出しの歯、そして獲物を捕食するかのように赤く光る眼球の怪異。子どもたちを静かに追い詰める際の、爪を立てるような息遣いと足音を忍ばせた動きは、まるで本格スラッシャーホラー映画の怪物を彷彿とさせ、当時の小学生たちに「夜の図書館には絶対に残ってはいけない」という本能的な恐怖を植え付けました。