牛鬼の起源には諸説ありますが、歴史的な記録や口伝によると、文禄・慶長の役において加藤清正が朝鮮半島の晋州城攻めの際に考案した攻城兵器「亀甲車」に由来するという説が広く語り継がれています。これが後に厄払いの霊獣として信仰と結びつき、現在の形へ発展しました。
民俗学的な観点から見ると、うわじま牛鬼まつりは単なる観光イベントにとどまらず、「地域コミュニティの世代間継承」という強固な社会的役割を果たしています。地元の青年団や保存会、小中学校の連が何ヶ月も前から準備を重ね、祭りの現場で一体化するプロセスは、少子高齢化が進む地方都市において貴重な連帯の場として機能しています。
SNSや参加者の声を見ても、「子どもの頃に牛鬼に頭を噛んでもらって無病息災を祈った」「ガイヤカーニバルで踊り明かした記憶が郷土愛の原点になっている」という実感が数多く寄せられており、祭りが宇和島市民のアイデンティティそのものであることが窺えます。