福山雅治の代名詞とも言える湯川学。彼のクールで論理的なキャラクターに対し、堤真一が演じた石神の「泥臭いまでの純愛」が対比されることで、物語の悲劇性は極限まで高まりました。堤真一は髪を間引き、猫背でトボトボと歩くことで、冴えない数学教師の悲哀を全身から醸し出しました。その圧倒的な演技力は、今見返しても鳥肌が立つほどです。
対する福山雅治も、テレビシリーズで見せた変人としての軽妙さをあえて抑え、かつての友の哀しい犯罪に苦悩する「人間味のある湯川」を熱演しました。この二人の天才が織りなす、言葉に頼らない視線の交わし合いこそが、作品の核であったことは間違いありません。