嵐というグループの歴史において、松本潤が果たした役割は単なる「ビジュアル担当」にとどまりません。1999年のデビュー以降、しばらくは試行錯誤の時期が続いた嵐でしたが、その潮目を劇的に変えたのがまさに松本潤のドラマ出演でした。
当時の嵐の全盛期や人気順の推移を振り返ると、初期のお茶の間人気を支えた櫻井翔や相葉雅紀、高い歌唱力とバラエティセンスでコア層を掴んだ大野智、演技派として評価を高めた二宮和也に対し、松本潤は「グループの外から新規ファンを大量に引き込む牽引役」として機能していました。特に『花より男子』放映時、道明寺司に夢中になった視聴者が主題歌を歌う嵐へと流入し、ドームツアー開催やCDセールスの爆発へと直結した経緯は、ファンの間でも語り継がれる松本潤の伝説エピソードの一つです。
さらに松本潤は、嵐のコンサートにおける総合演出を黎明期から一手に引き受けていました。現在では世界中のスタジアムライブで標準となった「透明なステージが観客の頭上を通過するムービングステージ」を考案したのも松本潤です。自身のビジュアルで大衆を惹きつけつつ、裏方としてグループのステージクオリティを極限まで高めたプロデュース能力こそが、嵐を国民的アイコンへと押し上げた真の原動力でした。