広告社会学およびコーポレートブランディングの観点から「日立の樹」を分析すると、この1本の木が果たしてきた役割の大きさに改めて驚かされます。日本企業におけるCMソングの歴史において、半世紀以上にわたり同じ楽曲、同じシンボルを使い続けた事例は極めて稀有です。
高度経済成長期からバブル期にかけて、日立グループは家電製品から巨大タービン、新幹線車両に至るまで多種多様なグループ企業を傘下に収めていました。その中で、このCMは単なる「製品広告」ではなく、巨大複合企業としてのグループの一体感(インナーブランディング)を醸成し、社外に対しては「社会的信頼感・安心感(象徴資本)」を植え付ける装置として機能してきました。家族が揃って日曜夜のクイズ番組を見守る茶の間において、あの木は「日本のものづくりの安定性」の象徴だったのです。
しかし、時代は大きく変わりました。日立グループは近年、白物家電や上場子会社の売却を進め、IT・デジタル技術を中核とする「ルマーダ(Lumada)」主導のグローバル企業へとダイナミックな事業構造改革を成し遂げました。「重電と家電のコングロマリット」から「グローバルDX企業」へと変貌を遂げた今、あの素朴で雄大な大樹のイメージと、先端テクノロジー企業としての実態との間にどう整合性を持たせるのかという新たな問いも生まれています。
それでもなお日立がこの木を手放さない理由。それは、利益至上主義や目まぐるしい技術革新の時代だからこそ、「大地に深く根を張り、人々を包み込む」という企業の原点と社会的責任(メセナ精神)を示すアンカー(錨)として、この木以上の象徴が存在しないからに他なりません。