視聴者にとって分かりやすい仕組みであるにもかかわらず、なぜNHKのスクランブル化は導入が見送られ続けるのでしょうか。総務省有識者会議や国会答弁で示されてきた理由は、主に4つの論点に集約されます。
最大の障壁は、現行の放送法第64条に定められた「受信契約の義務化」です。法律上、NHKの放送を受信できる設備(テレビ等)を設置した者は、NHKと契約を結ばなければならないと定められています。この枠組みについて、2017年の最高裁判決と合憲性を巡る審理において、最高裁大法廷は「受信料制度は合憲」との判断を下しました。国が認めた法的根拠が存在する以上、NHK自らがスクランブル化に舵を切る動機は極めて薄いのが実情です。
2つ目は、公共放送の役割と義務という理念です。NHKは「いつでも、どこでも、誰にでも」公平に情報を届けるユニバーサルサービスを建前としています。大規模災害時の緊急速報、教育・福祉番組、政見放送など、採算が取れなくても社会に必要なコンテンツを全国津々浦々に無条件で届ける使命があり、電波に鍵をかけて視聴者を制限することはこの理念に反するという主張です。
3つ目は、財政基盤の崩壊リスクです。仮にスクランブル化を導入した場合、契約者数は大幅に減少すると予測されています。試算によれば、現在の事業規模を維持するには、残った契約者1人あたりの料金を数倍に引き上げざるを得ず、結果として「高すぎて誰も契約しない」という悪循環に陥る危険が指摘されています。
4つ目は、番組の商業主義化と中立性の喪失です。視聴率や加入者数を稼ぐための娯楽番組に偏重し、民放との差異が失われる懸念や、資金繰りの悪化によって国家予算やスポンサーへの依存度が高まり、報道の自主性が損なわれるリスクが挙げられます。