『猫の恩返し』という作品全体を俯瞰したとき、猫の国は一見すると「働かずに遊んで暮らせる楽園」として描かれます。しかしその実態は、自己のアイデンティティを奪われ、猫の姿へと変貌させられて元に戻れなくなる精神的な檻です。
その支配的な構造に対し、たった一匹で湖の魚を食べ尽くして逃げ延びたルナルド・ムーン(ムタ)は、まさに「絶対的な自由の象徴」として機能しています。国家のルールや常識に縛られず、自分が美味いと思うものを食べ、寝たい時に寝る。その徹底した個人主義と生命力は、息苦しい社会規範に対する痛快なカウンターとなっています。
ハルが最終的に「私は私の時間を生きる」と覚醒し、自立した一歩を踏み出せたのは、完璧超人であるバロンの導きだけでなく、泥臭く自由を謳歌するムタの背中を間近で見ていたからに他なりません。ムタは物語の単なるマスコットではなく、作品の根底に流れるテーマを体現する重要な精神的支柱なのです。