トップ女優として華々しいキャリアを重ねていた松嶋菜々子が、大手事務所の研音に所属しながら「一切笑わない家政婦」という異色の役に挑んだことは、当時の業界内でも大きな賭けと目されていた。洗練されたヒロイン像を覆し、無味乾燥なダウンジャケットと帽子に身を包むシルエットは、制作チームにとっても大胆な冒険だったのだ。
現場スタッフの証言によれば、撮影中の松嶋菜々子はカメラが回っていない時間でも意図的に静寂を保ち、三田灯という役柄の持つ孤独な空気感を纏い続けていたという。脚本を担当した遊川和彦が突きつけた「徹底的に感情を削ぎ落とす」という演出要求に対し、彼女はミリ単位の視線移動や微細な声のトーンの変化で見事に答えた。日本テレビの制作陣が賭けたこのストイックな表現アプローチこそが、視聴者の想像力を強く掻き立てる原動力となったのである。