1990年、「JAL沖縄キャンペーンソング」として大々的にオンエアが始まると、日本中に空前の旋風が巻き起こりました。当時のテレビCMでは、沖縄のエメラルドグリーンの海と眩しい太陽、そして軽快なブラスセクションと石井竜也の突き抜けるようなハイトーンボイスが完璧に融合。視聴者からの問い合わせがレコード会社へ殺到する事態となりました。
この反響を受け、1990年4月8日に通算10枚目のシングルとして緊急リリースが決定します。発売されるやいなやオリコンチャートを急上昇し、最終的な累計売上は約170万枚(出荷ベース)を突破。1990年の年間シングルランキングでも2位を記録し、米米CLUBというバンドをお茶の間のメインストリームへと一気に押し上げました。
なぜここまで爆発的に売れたのか。その背景には、1990年前後の日本社会が迎えていた「リゾートブーム」と「個人の余暇志向の高まり」があります。バブル景気の絶頂期において、大衆が求めていた「日常を飛び出して非日常へ向かう高揚感」に、楽曲の持つ疾走感と開放的なサウンドスケープが見事に合致した結果といえます。