仕込みが佳境を迎える早朝、厨房の奥深くへ足を踏み入れた。板前が真剣な眼差しで見つめる油鍋には、黄金色に透き通る特別な油が満たされている。一般的に江戸前天ぷらが芳醇な胡麻油のコクを前面に押し出すのに対し、この店が創業以来磨き上げてきたのは最高級の綿実油をベースにした独自ブレンドだ。油切れの良さと軽やかさは驚異的で、いくら食べ進めても胃に重さを残さない。素材本来の水分と香りを衣の中に閉じ込める「蒸し料理」としての天ぷらが、この油の選定によって完成する。
そして、誰もが息を呑む瞬間が訪れる。名物として知られる鯛飯の土鍋の蓋が開けられた瞬間だ。立ち上る湯気とともに広がるのは、昆布出汁と天然真鯛の純粋無垢なアロマ。米の一粒一粒が鯛の旨味を吸い尽くし、かつ決してべたつかない。炭火で皮目を香ばしく焼き上げた鯛を丸ごと一匹米の上にのせて炊き上げるこの技法は、計算し尽くされた火加減と蒸らし時間の賜物だ。骨を丁寧に取り除き、身をほぐして米と一体化させる所作に、妥協の文字は一切見当たらない。