昭和初期から戦時にかけ、太平洋戦争における兵士の主食は基本的に米と麦でした。陸軍の給与規則によると、兵士1人あたりの日本軍の糧食支給量は、主食として精白米6合(約900グラム)に麦を加えたものが基準とされ、平時演習時や戦時定数では総カロリー約3,000〜3,500kcal超が想定されていました。当時の農村部や都市下層階級の食生活から見れば、毎日腹一杯に白米が食べられる軍隊の食事は極めて魅力的であり、「軍隊に行けば銀シャリが食える」という動機で入隊した青年も少なくありませんでした。
当時の陸軍給食献立表を紐解くと、朝食は麦飯と味噌汁、漬物、昼食や夕食には魚の煮付けや肉野菜炒め、煮染めといった副食が計画されていました。しかし、この手厚い基準はあくまで「本国からの補給船が無事に届き、野戦炊事班が機能している」という前提の上に成り立つ絵に描いた餅でした。戦線が東南アジアや太平洋の島々へ拡大するにつれ、前線基地への海上輸送船は米軍潜水艦によって次々と撃沈され、兵士の手元に届く糧食は激減していきました。