人が密集する様子を表現する際に、なぜ大根でも人参でもなく「芋」だったのでしょうか。そこには、日本人の主食や副食として親しまれてきた里芋(サトイモ)の調理風景が深く関係しています。
里芋は表面に毛や泥が多く、皮を1つずつ手作業で剥くには手間がかかります。そこで昔の農家では、大きな桶(おけ)に水と大量の里芋を入れ、棒や専用の板でぐるぐるとかき回すことで、芋同士が激しくこすれ合って自然に皮が剥ける仕組みを利用していました。これが本来の「芋洗い」です。
やがて農業の発展とともに、水車の回転を利用して自動で洗浄する「里芋の芋洗い機(水車式芋洗い機)」や回転ドラム式の農具が登場します。いずれの器具においても、狭い空間の中で無数の芋がぎゅうぎゅうに押し合い、ぶつかり合いながら水しぶきを上げている様子は極めて印象的でした。この「狭い場所に大勢が密集して擦れ合っている光景」が、混み合う人々の姿にあまりにも酷似していたことから、混雑の比喩として定着したのが語源です。