メタディスクリプションでも触れた「数分で死に至る致死線量」とは、具体的にどの程度の規模だったのでしょうか。1986年12月の発見当時、象の足の直近で計測された放射線量は毎時約8,000〜10,000レントゲン(換算して約80〜100シーベルト/h)という、常軌を逸した数値でした。
一般的な放射線被曝における急性致死線量は、全身被曝で約4シーベルト(治療なしで半数が死亡するLD50/30)、7〜10シーベルトを浴びると現代医療をもってしてもほぼ100%が死亡します。当時の象の足の前に立った場合の人体への影響を時間経過で見ると、次のようになります。
- 約30秒の曝露:急性放射線症の初期症状(激しいめまい、倦怠感、吐き気)が数時間以内に発現するレベル。
- 約2分の曝露:全身の細胞が急激に破壊され、毛細血管の出血や重度の造血機能不全を引き起こす重篤水準(約3〜4シーベルト)。
- 約5分の曝露:約7〜8シーベルトに達し、数日から数週間以内に消化管障害や骨髄壊死を起こしてほぼ確実に死亡する絶対致死線量。
ここで重要なのは、ネット上で散見される「見た瞬間に即死する」「その場で消滅する」という俗説は明らかな誤りだという点です。放射線被曝による生体損傷は、DNAの二重螺旋切断と細胞分裂の不可逆的停止によって生じます。したがって、致死量を浴びた人間であっても、神経系が物理的に破壊される超高線量(数十シーベルト以上を数秒で受ける核爆発直近など)でない限り、その場で即倒するわけではなく、数日間の潜伏期(いわゆる「歩く幽霊」状態)を経て激痛と衰弱の中で息を引き取ることになります。