多くの旅行者が抱く最大の疑問が、「手荷物として機内に持ち込めるのに、なぜスーツケースに入れて地下の貨物室に預けてはいけないのか」という点です。その答えは、リチウムイオン電池が引き起こす「熱暴走(Thermal Runaway)」のメカニズムと、航空機の消火設備構造にあります。
国土交通省航空局やICAO(国際民間航空機関)の技術指針資料によると、リチウムイオン電池は内部短絡や外部からの衝撃、気圧変化などによって一度異常発熱を起こすと、電解液が分解して可燃性ガスを噴出し、数秒で数百ミリ秒単位の急激な温度上昇を伴う自燃状態に陥ります。この熱暴走は、酸素を自ら放出しながら燃え広がるため、外気遮断による窒息消火が極めて困難です。
もし預け入れ荷物が入る飛行機の貨物室(カーゴホールド)で発火が発生した場合、乗務員は物理的に現場へ立ち入ることができません。貨物室にはハロンガスを用いた自動消火設備が備わっていますが、ハロン消火剤は炎の連鎖反応を一時的に抑制するものの、熱暴走を起こしたバッテリー内部の温度を冷却して化学反応を止める能力はありません。結果として消火剤が切れた後に再発火し、機体構造を焼き切る致命的な大惨事へと直結します。
対して、乗客が搭乗している客室(キャビン)であれば、異臭や発煙の段階で乗客や客室乗務員(CA)が異常を即座に察知できます。客室乗務員は定期的な訓練を受けており、耐火手袋、防火バッグ(ファイヤーコンテインメントバッグ)、そして冷却効果を持つ大量の水や清涼飲料水を用いて、バッテリー内部を冷却・隔離する初期消火を素早く完遂できます。「人間の目が届き、物理的な冷却消火が可能な客室にのみ持ち込みを許可する」というのが、国際航空基準における預け入れ禁止の絶対的な根拠です。