ドリフターズ初代リーダーはいかりやではなかった?知られざる交代劇の真相

ドリフターズ初代リーダーはいかりやではなかった?知られざる交代劇の真相

ドリフターズ初代リーダーはいかりやではなかった?知られざる交代劇の真相とは一体何なのか? 詳しい意味を整理してお届けします。

分裂劇によって袂を分かった初期メンバーたちの足跡を辿ると、彼らがいかに戦後日本の芸能界を多角的に切り拓いたパイオニア集団であったかが鮮明になる。

初代リーダーの岸部清が率いた第一プロダクションは、昭和の芸能界において絶大なキャスティングボートを握る一大勢力となった。2019年に岸部が逝去した際も、多くの芸能重鎮が「戦後音楽ビジネスの骨格を作った巨人」としてその功績を讃えている。

一方、2代目・桜井輝夫のもとを飛び出して「ドンキーカルテット」を結成した小野ヤスシらは、日本テレビ系の伝説的番組『金曜10時!うわさのチャンネル!!』などで強烈なナンセンス・ギャグを披露し、コミック・バンドとして一世を風靡した。小野ヤスシは卓越したトークスキルを活かして司会者・タレントとしても大成し、2012年に亡くなるまでテレビ界の第一線で活躍し続けた。

SNSやネットコミュニティ(5ちゃんねるや知恵袋など)の熱心なエンタメ愛好家の間では、「もし小野ヤスシが脱退せず、いかりや長介と主導権争いを続けていたら、全員集合のコントは生まれていなかった」「初代と2代目の分裂があったからこそ、いかりや長介の絶対的統率力が確立された」という構造的必然性がしばしば議論されている。クーデターという負の挫折が、結果としてお笑い界の絶対君主を生み出す契機となった事実は、芸能史における最大の皮肉であり奇跡といえる。

橋本 菜々子
著者

橋本 菜々子

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。