2013年7月9日、吉田昌郎氏は都内の病院で息を引き取った。死因は食道がん。58歳だった。事故発生からわずか2年余りでの訃報に、多くの人々が「現場での大量被曝ががんを引き起こしたのではないか」という疑問を抱いたのは極めて自然な反応だったと言える。
しかし、医学的な知見および評価委員会の公式報告は異なる見解を示している。吉田氏が事故収束作業中に浴びた放射線量は約70ミリシーベルトとされる。一般的に、放射線被曝による食道がんの発症には少なくとも5年から10年以上の潜伏期間が必要であり、事故から発症までの期間があまりに短すぎることが指摘された。東京電力も放射線被曝と食道がんの因果関係を否定している。
だが、数字や医学的ロジックだけでは割り切れない感情が人々の胸に残るのも事実だ。過酷を極めたストレス、睡眠不足、現場での不眠不休の苦闘。肉体と精神を削り削られ続けた環境が、彼の健康を急速に蝕んだことは想像に難くない。