日活調布撮影所の歴史は、戦後の日本映画界が黄金期へと向かう1954年(昭和29年)に始まります。戦時統合によって製作部門を失っていた日活が、劇映画の製作再開を期して多摩川沿いの広大な農地を用地として買収し、東洋一と謳われた近代的な撮影所を建設しました。
調布の地が選ばれた理由は明確でした。都心からの適度な距離感、広大な敷地を確保できる平坦な地形、時代劇や野外アクションのロケーション撮影に適した多摩川の自然、そしてフィルム現像に不可欠な良質で豊富な地下水に恵まれていたためです。同時期には近隣に角川大映スタジオ(旧・大映東京撮影所)も拠点を構え、調布は日本のハリウッドとも呼ぶべき映画産業の集積地へと変貌を遂げました。
1950年代後半から1960年代にかけ、「日活アクション」と呼ばれる無国籍風のスタイリッシュなアクション映画や青春映画が次々と量産され、年間数十本もの大作がこの調布のスタジオ群から全国の劇場へと配給されました。その後、テレビの普及に伴う映画産業の斜陽期や撮影所の規模縮小といった苦境を経験しながらも、外部作品のレンタルスタジオ化やポストプロダクション機能の強化によって生き残りを図ってきた歴史があります。