この写真が世の中に決定的な影響を与えた起点は、1985年11月号のスーパーミステリーマガジン『ムー』(学習研究社・当時)への掲載でした。当時の同誌グラビアページに「空中浮揚に成功したヨーガ指導者」として麻原彰晃の跳躍写真が大きく取り上げられたのです。
1980年代半ばの日本は、スプーン曲げや心霊現象ブームの余韻が残り、若者の間で「精神世界」や「潜在能力開発」への関心が急速に高まっていた時代でした。高度経済成長が成熟期を迎え、物質的な豊かさを手に入れた一方で、過酷な受験戦争や管理社会に息苦しさを感じていたエリート青年層が、自らの存在意義を求めてオカルトに救いを求めていました。
教団はこの掲載実績を「大手出版社が認めた超能力の動かぬ証拠」として最大限に利用しました。街頭でのビラ配りや勧誘セミナーにおいて、雑誌のコピーを提示しながら「修行を積めば誰でもこのように浮揚できる」「解脱への第一歩である」と語りかけ、科学的なリテラシーを持っていたはずの理系大学生や若手医師らをも絡め取っていったのです。