ネット上の事件スレッドなどで広く信じられている最大の誤解が、「本人が自供したのだから即有罪・実刑確定だ」という短絡的な認識です。しかし、日本の刑事裁判の手続きにおいて、自白の存在は必ずしも有罪を意味しません。
憲法第38条3項および刑事訴訟法第319条2項には、近代司法の要である「補強証拠の必要性(補強法則)」が明文で刻まれています。
「被告人は、公判廷における自白であると否とを問わず、その自白が自己に不利益な唯一の証拠である場合には、有罪とされない」
これは、たとえ法廷で被告人が「私が犯人です」と堂々と自白したとしても、客観的な物証(防犯カメラ映像、凶器、DNA鑑定結果、血痕など)という補強証拠が一切存在しなければ、裁判所は無罪を言い渡さなければならないという絶対ルールです。戦前の旧刑事訴訟法時代、拷問や恫喝によって無理やり自白を引き出し、それ一本で有罪判決を下して数多くの冤罪を生み出した暗黒の歴史に対する痛烈な反省から生まれた規定です。
さらに刑事訴訟法第319条1項は「自白法則」を定めており、以下のような状況で得られた自白は、証拠能力そのものが否定されます。
- 拷問、脅迫、またはこれらに準ずる不当な心理的威迫による自白
- 不当に長い抑留、または身柄拘束に続く自白
- 「罪を軽くしてやる」といった利益誘導によって得られた自白
- その他、任意にされたものではない疑いがある自白
近年の著名な再審無罪判決においても、数十年前の取調べで作成された自白調書について、裁判長が「捜査機関による過剰な精神的苦痛の中で誘導されたものであり、任意性・信用性を欠く」として証拠能力を完全に排除する事例が相次ぎました。「自供した事実」と「裁判で有罪を立証できる自白」の間には、法が求めた分厚い障壁が存在しているのです。